プロフィール
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「お買い物で世界をもっとHAPPYにプロジェクト」
作り手の暖かさ、真心を分けてもらえる、心から“これ欲しい!”のショッピング。
だから作る人と使う人はとってもフェアな立場です。
これこそ私たちの考えるフェアトレード。
正東貿易は、作る人も使う人も、自然に笑顔になれる毎日のお手伝いをするフェアトレード&エシカルショップです。

正東貿易(しょうとうぼうえき)代表 成田 佑美(なりた ゆみ)

【出身地】兵庫県神戸市
【生年月】1981年11月
【血液型】B
【専攻】大学では油絵を専攻していました
【趣味】読書、温泉巡り
【特技】台湾式足ツボ/アロマセラピー/クレイセラピーの資格を持っています
【座右の銘】"Be a voice, not an echo"



心がけていること

自分も、つながる人も幸せになる。
この気持ちを大切にしています。



ビジョン

スタートはフェアトレード産品のセレクトショップとして、ゆくゆくは「エシカル×神戸」をテーマとし、
神戸の地場産業であるシューズブランドを作ることを目標にしています。



はじめまして。

フェアトレード・ウェブストア SHOTO TRADING を経営しております、正東貿易 成田佑美です。
ご訪問いただき、ありがとうございます。

神戸に生まれ、大学時代をハワイで過ごした以外はずっと神戸育ち。
現在は母と二人暮らし、今も東灘に住んでいます。

自分の生まれ育った神戸が大好きなので「エシカル×神戸」というかたちで地域活性化にも貢献できる会社を目標に、そして何より私自身とそのまわりの人がしあわせになる会社を目標に、正東貿易を2013年11月18日 設立しました。


社名の由来

正東貿易という社名とカンパニー・ロゴは、祖父の代からあったものをそのまま引き継ぎました。
社名の由来は残念ながら聞いていません。

個人的には、

太陽は必ず東から昇る。
正しいことは正しい。

このように解釈しています。



起業に至るまで

正東貿易は11月18日、私の父の誕生日に生まれました。

母も父が経営する会社で事業を手伝っていましたので、小さい時はよくオフィスへついて行きました。
神戸大丸の近くに今もある煉瓦造りの神戸らしいビルディング。
中庭のあるドーナツ型の建物で、この景観がとても好きだったのをおぼえています。

私にとって、正東貿易は父そのもの。

文房具や車内アクセサリーを主にロシア、中国、東南アジアへ輸出していた父は、仕事中は、家では見せることのない厳しい顔を見せることもしばしばありました。
父もそれを自覚してか、女の子の二人姉妹でしたので、姉にも私にも会社を継がせる気はありませんでした。


大学在学中、父の体調が悪くなり、廃業することになりました。
私にとって父の象徴だった正東貿易。寂しい思いでした。

ただ、やはり一番辛かったのはもちろん父です。
70年以上続いたものを、自分の代で終わらせることは辛かったはずです。

廃業することを、私が大好きだったあのオフィスで父から聞いたとき。
「すまない。」
生まれて初めて、父が泣くのを見ました。
男の人が泣くのを、生まれて初めて見ました。

その時から漠然と、いつかは自分で起業して、正東貿易という社名をもらいたいという気持ちがありました。
ですが、何をすればいいか検討がつきません。
父は私に会社を継がせる気持ちはありませんでしたから、私に貿易に関することを教えてくれたことはありませんでした。
就いた仕事も、貿易とは違う業種でした。


そのまま月日だけが流れ、自分の仕事に疲れていました。
朝早くから夜遅くまで。
毎日が同じことの繰り返しでした。

心落ち着く仕事がしたいと思い、毎週日曜日に専門学校へ通って台湾式リフレクソロジーの資格を取得したり、通信講座でアロマセラピーやクレイセラピーの資格をとったりしました。
これで、正東貿易という名前をもらって、自宅サロンを開こうかと思ったのです。
ですが、なんとなく今一歩進めずでした。


そんな中、偶然貿易職に就くことになりました。
ウェブサイトの運営補助という内容だったのですが、留学経験があるということで、転職1日目に部署移動になったのです。
そこで貿易手続きのノウハウを教わることになりました。

正直に言うと私は初め、英語が話せないのに留学をして、帰国したときには英語アレルギーのような状態でしたが、
「貿易担当になったよ」
と家に帰り両親に話すと、二人とも喜んでくれたので
「じゃあやってみようかな」
という気持ちでした。
そしてネイティブ並みに話せなくても仕事はできる、ということに気づいてからは真剣になって勉強しました。
仕事が楽しいと初めて思えました。


父がすい癌になりました。

最初は、母だけが知っていました。
母は一人で抱えて、胃炎になりました。
様子がおかしいので尋ね、そして私も知りました。

父は自分の病気を知ってからも、家族の心配ばかりしていました。
他界するちょうど1ヶ月前に、自ら入院したいと病院へ申し出ました。
家にいた方が心地よかっただろうに、家族の負担にならないように。
「私も病院の方が安心できるから」
と父は言いました。
絶対嘘だ。でも父は優しくて穏やかで、そして意思の強い人でした。

父が1通のメールをくれました。
毎日会っているのに。
喧嘩っぱやくて割合悪態つき、白黒つけないと気が済まなかった私に、
「貴方は優しい女性です。お父さんは知っている。そして努力家で強い。お母さんをよろしくお願いします。」
そう書いていました。

そして2013年1月4日、父が他界しました。
「みんなはお正月だからって三が日のあいだがんばって。最後まで優しい。」
母がつぶやいていたのを憶えています。

父のようになりたいなと思いました。


それから、大きな出会いがありました。
何気なく目を通していたベジタリアン向け雑誌。
私はベジタリアンではないのですが、海外でのオーガニックやエコな商品の紹介をしているページが好きだったのです。

そこでロサンゼルス発、という見出しで掲載されていたキャラメルレザーにエメラルドブルーのビーズ飾りがついたトートバッグ。
Sseko Designsというブランドのものでした。
「かわいい。どこで売ってるんだろう。」
ネット検索してみると、日本では発売されていないようでした。
ブランドのホームページを見ていると、聞いたことのない単語がありました。

"FAIR TRADE"

フェアトレードってなんだろう。

Sseko Designsのホームページを、「これが日本語だったらわかりやすいのに...」と思いながら、読み続けました。
自分の何かがかわった瞬間だと思います。

「私、これに関わりたい」
自分自身がすごく納得できたとき、私は
「おなかにストンと落ちた」
と表現するのですが、フェアトレードは、私のおなかにストーンと落ちました。
あくまでビジネスとして。
ボランティアではなく。
かわいそうなんて気持ちではなく。
それってお互いが対等に話ができるってことなんじゃないかな。
それっておもしろいんじゃないかな。
そう思いました。

こうして、私はフェアトレードをライフワークとして起業することになりました。

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